最終更新日2017年9月14日

「風流のはじめや奥乃田うゑ唄」十念寺

十念寺句碑

 芭蕉も詣でた浄土宗の寺院。『曽良随行日記』に「十念寺・諏訪明神へ参詣。」とあります。
 句碑は、安政5年(1855)に女流俳人・市原多代女によって建立されています。陸奥に入り初めてふれた風流は、素朴な田植え唄であったと、相楽等躬へのあいさつをこめて詠んだ句です。 

「世の人乃みつけぬ花や軒の栗」可伸庵跡

可伸庵跡句碑

 相楽等躬の屋敷の一隅に住んでいたと伝えられる可伸の庵跡。『おくのほそ道』に「此宿の傍に、大きな栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。」とあります。芭蕉は、栗の木のたもとにある可伸の庵で等躬らと歌仙を巻きました。句碑は、文政8年(1825)に俳人石川雨考らによって建立されています。可伸のつましい生活と人柄に深く心を打たれて詠んだ句です。 

「五月雨の瀧降りうづむ水かさ哉」乙字ヶ滝

乙字ヶ滝句碑

 芭蕉は、石河の滝(乙字ヶ滝)のことを聞き、守山へ向かう際、遠回りして見物しています。この句は『曽良随行日記』に記されています。阿武隈川にかかる壮観な滝を見て、芭蕉が詠んだこの句碑が、滝見不動尊堂の傍らに建立されています。

「あの辺りはつく羽山哉炭けぶり」長松院

長松院句碑

 曹洞宗の寺院で、芭蕉が逗留した俳人相楽等躬の菩提寺。句碑は、昭和33年(1958)に建立されています。交流のあった磐城平藩主・内藤露沾を訪ね、福島県双葉郡方面に遊んだ折、炭焼きの煙が盛んに立っているのを目にして「あの辺りは筑波山かも知れないな。」と詠んだ句です。







 須賀川の町中や寺社仏閣などには、各時代の俳人たちの句碑が数多く建てられ、120基を超える句碑が現存しています。

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