稲田の地域の宝

主な地域の宝
(1)稲村城

稲村御所とともに鎌倉、南北朝時代を語るには大事な場所です。稲村城の領主について諸説あるが「鎌倉殿の十三人」で活躍した二階堂行政の長男である行村系が領地を収めていた可能性が高いと思われます。二階堂というとどうしても松明あかしで有名な須賀川二階堂のイメージが強いが稲村城には現在町内にある普応寺などもあり、北朝方の拠点として須賀川二階堂より早く隆盛を極めていました。現在の稲地区の世帯数は八十五であるが当時三百世帯を有していたと言われています。
多賀城というと現在も大きな市であるが当時初代奥州管領の吉良貞家は一時南朝方に撃破され敗れた貞家は多賀城から兵を引き連れ逃走したさきが稲村城でありました。
稲村城も南朝方の白河小峰の領主結城親朝が本拠地にしたこともありましたが長くは続きませんでした。先に出た普応寺は親朝が父宗広を供養するために造ったものです。
一時期土器などの盗掘もあり、散策路の整備などもなされなくなり地元の人々も白の存在を知らない人も多くなってきているので看板などの設置により城があったことについてPRしてほしいです。
| 近くには、稲村御所や和田平太胤長の板碑などもあり600年前の歴史を研究するのにおすすめの場所です。 |
(2)岩渕神社/岩渕館

(岩渕館)
岩渕館は、岩渕字小仲井付近に建てられた城館です。岩渕神社が祭られている場所に本丸が築かれ、他に二の丸があったと言われております。この館を建てたのは岩渕氏と言われております。
岩渕氏の名前が歴史上に現れるのは、永亨10年(1438年)に室町幕府6代将軍の足利義教と鎌倉公方(幕府の下で関東や東北を支配する鎌倉府の長官)の足利持氏が対立した永亨の乱で義教の勝利により、翌年、持氏は一緒に戦った稲村公方(稲字御所館にあった稲村御所の当主)の足利満貞とともに自害しました。この頃、既に岩渕氏は現在の岩渕に館を築いて当地を治めていたと考えられます。
その後、戦国時代になると、岩渕氏は、当主の岩渕紀伊守が二階堂氏に成敗され、勢力を失いました。このため、岩渕館の城主も岩渕氏から二階堂氏の重臣であった常松氏に代わっています。その後、須賀川城落城のとき二階堂氏の味方をしたため没落し、岩渕館も使われなくなりました。
(神社の由緒と沿革)
寿永2年(1183年)有馬伊勢(岩淵村神主有馬氏)が勧請したと言われています。文安年中二階堂氏が須賀川城主となると春日神社は氏神になり社領30石を奉納されました。岩渕城主常松家鎮守として尊崇されておりました。明治以前の社殿は壮大なる建造物であったと伝えられており、仙台白石角田家(関根氏)が来て尊崇したこともあり、また、白河城主代々の奥方が尊崇しておりました。明治42年5月に春日神社と神名神社を合祀し、官許を得て岩淵神社に改称されました。
| 鳥居をくぐり境内の石段をおよそ110段ほど登ると岩淵神社の社殿が現れます。 また、左側の奥には神明神社があり、深い歴史の流れを感じることができます。 |
(3)保土原神社の狛犬

須賀川市保土原地区にある保土原神社は、文久2年に社殿が建立されました。
昭和6年には、一対の狛犬が奉納され、この狛犬がとても素晴らしいと全国的に評価されています。
この狛犬は石工の小林和平の作品で、『飛翔獅子』と呼ばれ、雲の上に乗って足を跳ね上げている姿が大きな特徴です。そして、子供の狛犬を3匹連れているのも特徴の一つです。和平には3人の子供がいたが、早くに亡くしてしまったことから、我が子を大切に思う気持ちを込めているのではないかと言われています。
小林和平の作品は、保土原神社をはじめ、石川町の石都々古和気神社や古殿町の古殿八幡宮などで見ることができます。
| 狛犬の大きさや躍動感、狛犬の顔が可愛い!! ぜひ皆さんの目で作品の良さを感じていただきたいです。 |
(4)古戸の大火

昭和33年4月10日は、わが古戸の地にとって最悪の日でありました。その日は例年の乾燥期に加え、風速15mの強風下、14時15分突如出火。一瞬の間に27戸92棟が燃えわずかに数棟を残すに過ぎませんでした。この時地元の手引きポンプはもとより四方から駆けつけてくれた30余台のポンプが全力を挙げて消火に努めたが、何等の甲斐もありませんでした。1年3か月の惨憺たる光景は今なお脳裏を去らないが、地域社会からの心からなる援助により、道路改修され、家屋は立派に復興したことは誠に感謝に堪えぬところです。
| 災害は忘れた頃に来るという諺を忘れることなく、わが子孫は前者の轍を踏まぬように相努めなければなりません。 |
(5)突如出現‼“江花川に菜の花が咲いた‼”

令和元年10月の台風第19号に伴う降雨は、阿武隈川流域全域にわたり平均253mmの雨が 激しく降り、戦後最大であった昭和61年(8.5洪水)や平成の大改修の契機となった平成10年(8.27洪水)を上回る雨量が観測された記録的な降雨により流域全域に甚大な被害をもたらしました。被災後、直轄河川大規模災害関連事業(約1,000億円)として、令和元年度~令和10年度にかけて、阿武隈川上流域(福島県内)では、河道掘削約220万立方メートル、築堤約400m、橋梁架替2橋、遊水地整備2箇所等が行われています(国土交通省 福島河川国道事務所公表資料から抜粋)。
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災害関連事業として、江花川(保土原地区)の河道掘削が2度行われました。 *この間、河道掘削が2度行われていますが、1度目は菜の花が見れたのは翌年のみでした。 |
(6)子どもたちのために!!子ども達の居場所作りをしている 「IPPO-IPPO」

2022年3月から、子育て中のママさん3人ではじめた、子ども達の居場所づくりをしている、IPPO―IPPO。「地域の子どもを地域で育む」をモットーに、稲田地域を拠点に活動しています。
月に1回程度、放課後や夏休みなどに稲田コミュニティセンターで、子ども達のおやつや食事の提供、ゲームや工作、その時期にあった行事活動など、毎回工夫を凝らしながら、子ども達が楽しめる事を提供していらっしゃいます。
もうすぐ4年目になる今では、すっかり子どもたちが安心でき、楽しめる場所になっています。
| 今後も、子どもたちのために頑張るIPPO-IPPOに注目です。 |
(7)稲田学園音楽部

稲田学園の音楽部は、現在17名と少ない人数ながら、吹奏楽のコンクールで4年連続全国大会に出場するという、素晴らしい成績を残しています。
令和4年には、全国大会1位とも言われる文部科学大臣賞を受賞しました。
| 現在、17名と少ない楽器編成ではありますが、1人2役3役と器用にこなし、素晴らしい演奏を聞かせてくれます。 令和7年度は11月に2つの全国大会に出場しました。 |
ワークショップで提案された地域の宝
ワークショップでの作業風景
第1回ワークショップ 令和7年6月27日(須賀川市役所)

稲田と小塩江の2地区合同でワークショップがスタート。
それぞれの地域の魅力や、2回目のフィールドワークの見学先について話し合いました。
第2回ワークショップ 令和7年7月12日(稲田コミュニティセンター)

地域内の気になるスポットを見学し、魅力を再発見!宝カードの下調べを行いました。
第3回ワークショップ 令和7年8月27日(稲田コミュニティセンター)

地域の魅力について話し合い「宝カード」と「宝の地図」の作成などを行いました。
全員の「宝カード」を出し合って、内容の補足をしたり、ジャンル分けをしたりしました。
第4回ワークショップ 令和7年10月1日(稲田コミュニティセンター)

発表原稿の作成したり、発表内容や順番を決めたりしました。
宝の地図の作成も行い、皆さん多くのランドマークを書き込みました。
第5回ワークショップ 令和7年11月19日(須賀川市役所)

稲田地区、小塩江地区合同で、リハーサルを行いました。
実際に原稿を読むことで、発表内容の調整も行いました。
また、発表の流れを体験することで本番への心構えができました。
第6回ワークショップ 令和7年12月14日(須賀川市役所)

参加者が深堀した内容について発表し、後半には「稲田昔話」の紙芝居披露も行いました。地区をはじめ市内外から多くの来場者がありました。
この記事に関するお問い合わせ先
文化振興課
〒962-8601 須賀川市八幡町135
電話番号
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- 文化財係:0248-94-2152
- 特撮文化推進係:0248-94-7174
ファクス番号:0248-94-4563