
会津と白河への道は、会津側からは白川街道、白河側からは会津道、会津街道と呼ばれていました。
勢至堂峠は天文14年(1545年)に蘆名盛氏が開いたと伝えられています。また、天正18年(1590年)には豊臣秀吉が、伊達政宗に白河から会津までの幅3間(1間は約1.81メートル)の道路作成を命じています。
幕府が佐渡の金山に目をつけると、江戸と会津、越後を結ぶ道として、重要視されました。白河を起点として、長沼、勢至堂、若松、新潟、寺泊などの32の宿を経て、佐渡に渡海しました。
勢至堂にある一里塚は、道を挟んで1対がよく保存されています。
指定・種類
市指定 史跡
所在地
勢至堂字金山
所有者等
個人
指定年月日
昭和43年4月1日
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