武者の甲冑姿や力強い武人たち、巨大な鯉に乗る人物などを精緻な筆致と鮮烈な色彩で描いた迫力ある絵柄が複数の画面に連続して配置され、それぞれの動勢や装飾表現が重厚に際立つ様子を収めた須賀川絵幟の写真

須賀川絵幟は、須賀川出身の洋風画家である亜欧堂田善が、節句の飾りとして鐘馗の絵を和紙や布地に描いたのが始まりと言われ、市内には田善作と伝わる鐘馗図が残されています。

作風は、手書きとは思えない緻密さとその中に息づく力強さが魅力です。田善の死後、その技法は弟子の安田田騏へと受け継がれ、田騏の弟子だった大野松岳(本名善吉)が、屋号を吉野家とする呉服店を営む傍ら、田善の作風を引き継ぐ須賀川絵幟の技術を確立しました。

その後、明治時代の2代目大野治兵衛、大正~昭和時代にかけての3代目大野一峰が、須賀川絵幟の技術を継承しますが、4代目忠助の代になると、新たな染色技法として、型刷りの印刷物が主流となり、当時8軒あったとされる絵幟製作業者も次々に廃業又は転業しました。このため、田善の系譜を引く須賀川絵幟の技術と作風は、吉野家一軒となりました。

平成4年、ただ一人の継承者となった第5代青峰(本名恒雄)に対し、須賀川絵幟の伝統的な技術と作風の保護と活用を図るため、須賀川市指定無形文化財(工芸技術)に指定するとともに、保持者として認定したが、平成14年、青峰の死去に伴い指定及び認定解除となりました。

青峰の死後、須賀川絵幟の技法は第6代大野修司により継承されました。色やデザインに現代感覚を盛り込むなど新たな須賀川絵幟の作製にも取り組むとともに、各所での絵付け体験など後継者育成に努め、須賀川絵幟の伝統技術の発展・継承に積極的に尽力していることから、改めて指定されました。

指定・種類

市指定 無形文化財

所在地

並木町

所有者等

個人

指定年月日

令和元年12月18日

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