木造のお堂の隅に、細かな彫刻や金箔の装飾が施された重厚な黒塗りの厨子が鎮座し、その周囲には奉納された古い絵馬や位牌、供物台などが静かに並べられている、歴史ある寺社内部の写真

旧清水山行法寺に伝わるた厨子で、本尊である大日如来を安置しています。行法寺は現在の須賀川市北町に所在していた寺院で、羽黒派修験道の本寺である寂光寺の末寺です。

明治時代に廃寺となると、当時の住職が本堂といくつかの堂宇にあった仏像や仏具、古文書などを境外地の清水不動堂内に合祀しました。厨子の大きさは、高さ185センチメートル、桁行70センチメートル、梁間70センチメートルです。壁板に宝暦4年(1754年)建立の墨書があることから、この頃までには造られていたことが明らかです。また、厨子の様式は宮殿形と考えられ、軒に唐破風を付け、全体を黒漆で塗り、さらに門柱には金箔を施すなど豪華な造りとなっています。屋根の枡組には四君子(注釈)の精緻な蒔絵が施されるとともに、扉の桐紋や梅などの彫刻も精巧にできており、その細部意匠面で卓越したものがあることから貴重です。

指定・種類

市指定 有形文化財(工芸品)

員数

1基

所在地

北町

所有者等

個人

指定年月日

平成29年6月23日

参考

行法寺の住職は、岩瀬石川両郡の羽黒派修験道の寺院を支配する「錫杖頭」を務めていました。羽黒派修験道の住職では6名だけが許されていた「五条袈裟」を着て、最上席において儀式に参加していたと云われています。

行法寺の開基については、『白河風土記』等によると、室町時代の天文年間(1532年~1555年)まで遡るものと考えられます。明治時代、新政府の政策であった神仏分離令により廃寺となったため、当時の住職 永山祐清は修験をやめ還俗して、刻み煙草製造業に転業しました。

(注釈)四君子とは、中国及び日本における画題の一つで、蘭・松・笹・梅のことです。

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