
米山寺経塚は、日枝(ひえ)神社(西川)境内にあります。
明治17年(1884)に、神社本殿の改修をするため裏山にあった塚を整地した際、10基の経塚が発見されています。
特に3号経塚は、ほぼ原形のまま保存され、承安(じょうあん)元年(1171)の銘や施主(せしゅ)の名前(なまえ)を刻(きざ)んだ陶製(とうせい)の外筒(がいとう)と青銅製(せいどうせい)の経筒(きょうづつ)などが発見されました。経塚が造られた時代は平安時代末期は、末法思想(まっぽうしそう)(釈迦の死後1500年以降は仏法が忘れられ乱れた世の中になる)が全国に広がりました。これを恐れた人々が、弥勒菩薩(みろくぼさつ)がこの世を救うために再び現れるときまで、経典を保存するために地中に埋めたものです。
指定・種類
国指定 史跡
所在地
山寺町
所有者等
須賀川市 外
指定年月日
昭和12年12月21日
地図情報
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